【幸福論】他人との競争に追われ、退屈を恐れる現代人たち

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 小難しいタイトルになってしまいましたが、ラッセルの「幸福論」の3章「競争」と4章「退屈と興奮」を読んだ感想になっています。内容が難しいので整理するために書きます。

 「幸福論」は、タイトルの通り、幸福とは何かを論じたものです。科学的見地があるわけではなく、おそらくラッセルの個人的感情も入っていると思うのですが、哲学にデータや論文など無いと思うので、1つの自己啓発として読んでいます。

人生の目標に競争を掲げるべきではない

 お金持ちになりたいという欲望は誰にでもあると思います。それは裕福であることを他人に見せしめたいからです。やりたいことをするためであれば、大金は必要ないでしょうから、大きな家に住んでいるというステータスを見せたいし、高いクルマが欲しくなるわけですね。

 他人にステータスを見せる方法はお金だけでなく、例えば社会に貢献する仕事に就いていることによっても表現されます。自衛官は国を守る立派な仕事です。しかし、自衛官が実際に国を守っている姿を見る人は少ないので、自衛官であることがステータスにはならないのです。  ではあなたの何を見ているのかというと、住む家や持っている車ですね。だから、社会に貢献する仕事ではなく、金銭の有無に固執するわけです。他人との競争=金銭の有無にほぼ一致します。

文化的知見が無くなってきている

 ルネサンス期なんかだと、絵画や音楽、文学への造詣が深いことが立派なこととされました。しかし、金銭の有無がすべての現代は、何を知っているかなど問題ではなく、やはりお金を持っていることが一番なのです。

 文化的知見が一切なくても、お金の稼ぎ方を知っていて、働く体力さえあれば尊敬され、競争に勝てる時代です。そうなると、誰も文化的なことに手を出さなくなってしまいます。  僕もビジネス書ばかり読んでいましたが、まさにお金を稼ぐために行っていました。最近は、古典文学や幅広いジャンルの音楽を聴くようにしていて、文化的知見を広げようとしています。

 教養のない状態でお金持ちになっても、退屈を持て余してしまうだけです。文学、絵画、音楽、その他文化的なことの楽しみ方を知らないと、お金と時間を何に使うのでしょうか。  歴史を知らないと世界遺産を巡っても面白くないですし、せいぜい夜遊びを繰り返すだけでしょう。それはそれでいいかもしれませんが、次章「退屈」では、静けさという雰囲気のなかでのみ、真の歓喜が得られると言っています。

現代人は退屈がなくなっていきているが、、

 現代は、全く退屈せずに過ごすことができます。ネットフリックスでドラマや映画を一日中観ることができるし、本も音楽も仕事だっていつでもすることができます。  昔はそういった娯楽は限られていたし、お金も時間もかかるものでした。

 例えば、スマホがなかった時代は、電車の中で何をしていたでしょうか?僕はもう思い出せないのですが、本を読んだり、おしゃべりをしていたのではないかと思います。通勤の1時間の間、スマホが無いと考えると退屈ですよね。でも、そんな時代が当たり前にあったんです。

 スマホさえあれば退屈はしのげるので、現代人は退屈している人が少ないはず、、なのですが、実際にはみんな退屈しないように何かしようと必死です。  長期休暇があれば旅行に行こうとするし、休日は家に引きこもっていられず、買い物にでかけます。金曜の夜はなんか寂しくなって飲みにでかけるでしょう。退屈しなくて済むようになったので、退屈に怯えるようになったんです。

 海外のリゾートに行ったら、海辺で読書なんてできません。すぐに美味しいものを食べて、バナナボートに乗り出します。読書なんて自宅でもできますからね。

著名人こそ静かな時代があった

 何かを成し遂げた有名な人でさえ、その人生のほとんどは静かであったと言います。ソクラテスやカント、マルクスなどは人生のほとんどを自宅に引きこもり、静かに過ごしました。  哲学者はいろんな経験から学んだと思われがちですが、自宅でただ考えていただけなんですね。活動家でさえ、活動した時期は長くありません。

真の喜びは大地とのつながりである

 旅行に行った時に、山から見える風景、海の向こうにある地平線、静けさのある森に感動したことがあると思います。そうした喜びは大地とつながっているので、後に残留する喜びです。  しかし、ギャンブルなどの娯楽から得られる喜びは一時的なものであり、後に残らない。だから人はまたその乾いた喜びを求め続けます。

 海でバナナボートに乗るのは後者の乾いた喜びであり、大地と繋がってはいません。海の上を進んでいる喜びではなく、その揺れやスピード感に喜びを感じているからです。

 人間は、毎日を静かに過ごし、その中に大地との繋がりを感じられる喜びを得ることが、幸福な生活であるといえます。

まとめ

 幸福論は古い書物ですので、現代だとどう考えられるかと置き換えてみました。これは僕なりの解釈ですので、内容が気になった人は読んでみてください。結構難しいですよ。。